母子支援相談窓口

子どもは未来・子守唄で
子育て支援を
~虐待から子どもを守ろう~

すべての人間関係は、母子関係から始まります。
日本ららばい協会は、絆づくりの原点である子守唄を通して、母子支援・虐待の未然防止の活動をしています。
優しさや思いやりのある心を持った家庭づくり、社会づくりをめざします。

日本ららばい協会について
日本ららばい協会は平成12年に設立されました

「子守唄」をキーワードにして、「子どもたちの心の健全な育成」を目標に平成12年11月に発足しました。

命の讃歌、親子の絆のはじまりにうたわれる子守唄。子守唄は、私たちの心に生きつづける永遠の宝物であり、日本の心の文化遺産です。日本ららばい協会は、母子関係、人間関係の原点である子守唄を通して未来の子どもたちへの希望や夢を育て、子育て支援や虐待防止への取り組み、優しさやうるおいのある社会をめざして活動をしています。

PHILOSOPHY

日本ららばい協会をご紹介いたします

日本ららばい協会は、
「いのち」の教育
広め伝えていきます。

 無意識の中に育まれる、無償の母親の愛情がその子の基本をつくり、その子の生涯に影響します。毎晩母がうたう「子守唄」。そんな環境が子どもの心を育てます。私たちは、子どもたちに対して、より良い大人となり敬意を持たれるように生き、助けあえる世の中にしていきたいと思います。

 しかし、現代は子どもたちを守らなければという思いとはうらはらに、子どもたちを取り巻く環境は、けして良いとはいえません。

 「親子の絆」の喪失は、高度成長時以降の現象です。生活の豊かさや核家族増加の時期から、子どもたちの犯罪や虐待、薬物蔓延、いじめや引きこもりが多発しています。そのような子どもたちは、心を育てる情緒的な環境がなかった状態で育ってしまっているのでは……。当協会は、唄やおはなしや伝承された文化を通し、育児にかかわる母親たちの子育て支援をしてまいりました。 

 これからも私たちは「すべての子どもたちが伸び伸びと成長する世界」をめざし活動を続けてまいります。

子守唄は日本の宝物
赤ちゃんは見ている 知っている 聞いている

お母さんのすべての情熱を受けて、赤ちゃんは生まれてすぐに人とのコミュニケーションを作り発信します。幼児体験でのつらく哀しい体験は、生涯を通してその子に暗い影を落とします。無意識に体に刷り込まれてしまうからです。幼児にとって最大の関心事はマザーリース(母親語)の発するリズミカルな音と言葉です。子守唄は子どもにとってそして母親にとって相互に共有できる永遠の愛ある故郷として心の中にあり続ける宝なのです。

幼児虐待のない社会へ

赤ちゃんの脳は、生まれた瞬間から言葉を話す準備が出来ています。赤ちゃんが歌えない話せないのは、体験と経験がまだ不足しているからです。言葉はマネから単語の組み合わせに入ります。リズムに動作や知恵がついて身についていきます。寄り添う人間の生活のリズムの習得がなければ自分から表現をすることは至難なのです。幼い時に自己否定されてしまえば、心身の傷はどれほど大きくなるかしれません。幼児虐待は最も罪の深い犯罪の一つです。私たちは、幼児虐待のない社会を作らなければなりません。

それでもなぜ虐待は起こる

虐待防止は、いくら騒がれても減ることはありません。社会が複雑化、文明化していけばいくほど弱い者への配慮は欠けていくのです。家庭のありようの多様化と劣化、貧困と格差の犠牲、再婚や離婚の増加、結婚の高齢化、核家族の閉鎖性と地域社会のつながりのなさ、これらの複合的要因が「虐待」を多発させています。最近では親の育児の孤立化や孤独、高齢化の波が個人の負担となって育児世代を追い詰めてきています。実の我が子への虐待が多いのは、母親の精神のありように問題が多いためです。町に子守唄が流れる優しい社会を作りましょう。「社会が優しくならない限り虐待という現実は減ることはない」(小児科医 故小林登先生の言葉)

「社会が優しくならない限り虐待という現実は減ることはない」

(小児科医 故・小林登先生の言葉)

REPORT

日本ららばい協会の活動をご報告いたします

YOUTUBE

日本ららばい協会の活動をYouTubeで覗いてみませんか?

日本ららばい協会は
たくさんの方のご支援で
成り立っています

参加された方
102,600
集まった寄付金額
61,359,999
寄付してくださった方
7,107

日本ららばい協会は皆様のご協力の下、活動させていただいております。
賛助会員の皆様、ご寄付をくださった皆様、協会の活動にご協力くださる方々、
温かい応援をほんとうにありがとうございます。
頂きましたご支援は本協会の設立目的に沿った活動に活用させていただきます。

皆様のご支援・ご寄付をお願いいたします。

活動を支援する

日本ららばい協会の活動内容

日本ららばい協会は、子守唄を通してのさまざまな文化活動、
また母子育児への応援、虐待防止への取り組みなど、社会や家庭がより優しくなれるよう活動しています。

日本ららばい協会は、昔から伝わる子守唄を伝承し、
子守唄を通し、母の育児応援、子どもの健全育成、
そして虐待された子ども達が
自立し社会で生きていけるための力
つける支援を行なっています。

「母親と子ども」支援活動

「親子で一緒に」という0歳児から親子で参加できる子守唄、童謡コンサートやお話の会を各地で開催しています。0歳児の赤ちゃんを連れて行けるコンサートは、なかなかありません。赤ちゃんが泣き出しても、子どもが走り出しても大丈夫なコンサートです。
本物の楽器とプロの歌手が歌うきれいな日本の子守唄や童謡でお母さんが日頃の子育てストレスを解消する時間を提供しています。
リラックスした気持ちになって、また明日からの子育てが優しい心で出来るようにお母さんを応援します。
またコンサート終了後に、子育ての悩みや不安を相談出来るコーナーを設置しています。

母親応援活動

「マザースクール」の開催
これから母親になり子育てをする前に、母親について学びます。

自立支援活動

いろいろな事情により養護施設で育った子ども達は、卒園後に今度は一人で生きていかなくてはなりません。日本ららばい協会は、18才になった子ども達の就職斡旋や住居の斡旋を行ない、彼らの巣立ちの支援を行なっています。特定非営利活動法人 夢の宝箱と協働事業を行っています。

虐待のない社会を目指す活動

「虐待」を考える会を開催しています。
「虐待」が茶飯事となり、「虐待の本質」をより理解をしていただくための現状報告や事例などの報告会をどんな団体でもどんな施設、どんな場所でも開催していきたいと思います。

子守唄の情報収集と伝承活動

今日まで子守唄には正式な「記録」や「保存」などがなされている専門機関はありません。日本ららばい協会では、子守唄を全国で収集し、歌詞や楽曲を日本の文化遺産として保存すると共に子育ての伝承の知恵をも子守唄から学びます。

協会会報誌の発行事業

協会会員及び各地域の自治体・医療機関・教育機関等への情報発信のため、年4回の情報紙「ららばい通信」を発行します。

旧日本子守唄協会の歴史

日本ららばい協会の活動をご報告いたします

CLICK

OVERVIEW

私たちは日本の文化遺産としての子守唄の力を信じ、
この唄を素材にして家庭の平和・国の平和・世界の平和を願って
活動してまいります。

 特異な作風で子供達の心を魅了して止まない絵本作家モーリス・センダックは、その子供観として「子供はどんな逆境・不満も自ら克服して、内なる願いを実現する勇気と創造性と活力を持ち合わせている」と言っています。

 しかし今日の日本は、子供たちの夢や願いを引き出し、助け育てていく環境として見た時にどうなのでしょうか?
経済的にも豊かになり、何をするのにも便利になったはずの現代で、少年犯罪が増加し、その内容も低年齢化、凶悪化しているのは何故なのでしょうか?

 それは子供たちを見守り助け育てる親や社会と子供達のあいだで、きちんとしたコミュニケーションがとれていない事が原因のように思われます。
そんな時代にあっても、私たちが親として果たすべき務めをきちんと認識していれば、愛情という慈悲を与えていれば、子供たちはきっとその素晴らしい個性を開花させる事ができるでしょう。

 命の讃歌、親子の絆のはじまりとなる故郷の母の唄、そこに込められた祈りが子守唄の持つ永遠の力です。「三つ子の魂百まで」のことわざ通り、無意識の中で、心のなかに静かに記憶され、永久に魂の宝物としてありつづけます。母子関係の原体験としての情緒教育はここに始まり、その後の人格形成にも大きく影響を及ぼすのです。

 子守唄を聴くと、人はなぜ切ない気持ちになったり、涙を流したりするのでしょうか。
それは子守唄の旋律が人の心の一番深い所に触れるからです。人は生まれながらにして悲しいから、そして生きることの悲しさを知ることによって、より優しくなれるのです。
その旋律(いま日本にとっていちばん大切な旋律)が人の心を、涙を教え、勇気や、希望や夢を引き出してくれるはずです。

 母を思い、父を思い、子供たちはヒトから人間へと成長していきます。子守唄の大切さ、意義深さは計り知れません。日本ららばい協会は日本の文化遺産としての子守唄の力を信じ、この唄を素材にして家庭の平和、国の平和、世界の平和を願って活動してまいります。

特定非営利活動法人 日本子守唄協会
理事長 西舘好子

協会概要

協会名 特定非営利活動法人日本ららばい協会
所在地 〒125-0054 東京都葛飾区高砂3丁目13番13号三浦ビル1階
設立年月日 平成12年11月10日
NPO法人認可 平成14年9月13日
TEL 03-6458-0283
FAX 03-6458-0284
URL https://lullaby-japan.com/
事業報告書・貸借対照表

理事紹介

Yoshihiro Hasegawa
NPO法人 日本ららばい協会 会長
長谷川ホールディングスグループ(現HITOWAグループ) 創業者
長谷川トラストグループ株式会社 代表取締役会長
Yoshiko Nishidate
NPO法人 日本ららばい協会 理事長
東京・浅草生まれ。1982年劇団こまつ座主宰、演劇のプロデュースを手掛ける。1985年、第20回紀伊国屋演劇団体賞を受賞。1995年スポーツニッポン文化大賞受賞。30年に及ぶ演劇活動、DV、子供の虐待、女性問題への活動などを経て、2000年日本ららばい協会設立。現在は女性史の一つともいえる子守唄に
取り組んでいる。
Eiichi Iwakura
日本ららばい協会事務局長
2004年から日本ららばい協会の活動に参加、台東区子守唄講習会での知見を基に、2008年、教材DVD「起こる前に考える 子ども虐待~予防のための基礎知識~」を企画・製作。以来、児童虐待防止シンポジウムや育児ストレス解消のためのコンサート等、児童虐待防止のための子育て支援活動を推進中。
Atsushi Aikawa
医療法人社団新友会常務理事、医療法人社団田口会社外理事、東邦大学名誉教授

学歴および職歴
1979年 慶應義塾大学医学部卒業
1981年 慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室助手
1989年 英国王立リバプール病院腎移植ユニットへ留学
1993年 東邦大学医学部腎臓学講座講師
2005年 同教授 2017年 同名誉教授
英国での腎移植の臨床経験を活かし、東邦大学で小児の腎移植を実践し、日本小児腎不全学会、国際小児移植学会、日本移植学会、日本臓器移植ネットワークの理事、厚生労働省審議官を務め、小児腎移植の臨床、研究およびその政策に携わる。現在は腎不全患者の管理を行うとともに、腎臓サポート協会および日本サイコネフロロジー学会理事として腎臓病患者をサポートし、さらに厚生労働省腎疾患および臓器移植の研究事業評価委員および日本医療研究開発機構(AMED)の腎疾患実用化研究事業のプログラムスーパーバイザーとして腎臓病の研究の評価を行っている。
Teruhiko Abe
慶応義塾大学卒業
株式会社テレビ東京 専務取締役
帝京大学 文学部 教授
株式会社慶傳社 代表取締役 就任
日本英語交流連盟 常務理事
東京南ロータリークラブ 会員
Maya Inoue
劇団「こまつ座」 代表取締役社長
1967年、作家、劇作家の故・井上ひさしの三女として東京・柳橋に生まれる。英語科に入学。在学中に渡仏し、パリで語学学校と陶器の絵付けを学んだ。スポーツニッポン新聞東京本社勤務。二期リゾートで企画を担当。
2009年4月こまつ座入社。同年11月より代表取締役社長に就任。現在に到る。
Mamiko Kanakura
2009年輸入文具の企画卸販売株式会社スガタ代表取締役社長に就任。2014年株式会社スガタと大明株式会社(梱包資材の卸業)が合併し株式会社ハピラとなる。同年、株式会社ハピラ代表取締役社長に就任。2016年株式会社ハピラ退任。現在株式会社フリーライドにてフリーブランド商品の企画に携わる。
2児の母親として、自らもたくさんの悩みを抱えながら子育てと仕事を両立させてきたので、子育て支援に力を注ぎたいと思っています。
Eiko kenmochi
昭和学院高等学校卒業
八幡製鉄株式会社 本社人事部 文平産業株式会社 勤務

現在
有限会社イセウ代表取締役 株式会社伊勢卯商店取締役
松戸警察署評議員 聖徳大学SOA講師
全国生涯学習「創年のたまり場」としてcafe de KAORIにて文化芸術コミュニティーの場所提供。
Masahiro Tokunaga
1961年兵庫県生まれ。
創価大学文学部社会学科、日本社会事業大学通信教育課卒。
参議院議員、衆議院議員の公設秘書を経て、現在江東区議会議員5期、社会福祉士。
公益財団法人国際医療福祉教育財団理事。
民族音楽研究者桝源次郎氏が創設した社団法人日本民族音楽協会の専務理事を務め、数々の民族音楽のイベントをプロデュースする。
Noboru Fujisawa
1947年生まれ、盛岡市在住。71年岩手大学教育学部体育科卒
社会福祉法人岩手愛児会会長、児童養護施設「みちのく・みどり学園」前園長
全国児童養護施設協議会調査研究部長、東北ブロック会長歴任。
06年厚生労働大臣表彰、10年瑞宝単光章受賞
チャイルドライン岩手副代表 任意団体「岩手ふつうの会」代表で子どもの貧困問題に取組む。
Shigeharu Kitajima
株式会社 ケイ・アイ・エス 代表取締役
大学卒業後、総合広告代理店に入社。6年間勤務し、株式会社ケイ・アイ・エスを設立。
各企業の広告、販売促進活動を中心に番組制作、イベント、オンラインイベントなどの事業を手掛ける。